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北朝鮮からの脱北ルート。【体験談:21歳男性・19歳男性】

北朝鮮から脱北をした青年二人の話を聞いたことがあります。

アメリカに留学時代、近所に有ったDuke大学という学校の学生達が主催した講演会に参加した時のことでした。

北朝鮮での生活の実態、脱北時の様子について、ありのままに話してくれました。

北朝鮮生まれの人の話を直接聞く機会など、人生に一度有るか無いか。

勇気を持って当時の話しをしてくれたその二人の青年達、そしてそのような講演会を主催したDuke大学の学生達に敬意を表しつつ、ここにシェアさせてもらいます。

尚、青年達は韓国語で話し、それをDuke大学学生が英語に同時通訳をし、それを聞いた私が更にこうして日本語にしています。

ブツ切りで読みにくい点が有るかと思いますが、彼らが発した言葉に出来るだけ忠実に、お届けします。

北朝鮮からの脱北ルート。【体験談:21歳男性・19歳男性】

この講演会は、2014年当時のものです。

講演者

J君(講演当時21歳)

脱北して韓国(南側)に移り住んだのは16歳の時。

母親、継父(母親が韓国で再婚)、弟と一緒に暮らしています。

小学校の先生になることが夢です。バスケットボールが好きで、アメリカのプロチームNBAの試合を観るのが好き。

応援するチームはマイアミ・ヒート。

C君(講演当時19歳)

脱北して韓国に移り住んだのは13歳の時。

飛行機の整備士になることが夢です。

韓国へは母親とお姉さんと一緒に移って来ました。

サッカーが好きで、応援するチームはレアル・マドリードです。

 

講演会の内容:北朝鮮からの脱北ルートと体験談

以下、主催者からの「北朝鮮での生活、そして国を出て来た経緯についてお話頂けませんか?」との質問に対し、J君・C君がそれぞれの言葉で語ってくれた内容です。

その後、講演会参加者からの質問に対しても、一つずつ丁寧に答えてくれました。

J君のお話し

北朝鮮では、学校は8歳から通い始めます。

しかし、私の父親は貧乏でしたので、私は8歳になっても学校に行くことが出来ませんでした。

私は家にいて、泥棒が来ないように見張りをしていなければいけなかったのです。

私が8歳の時、叔母が失踪しました。

しかし、私が11歳になった時、突然戻って来ました。

中国に行っていたとのことです。

中国で結婚をしたようですが、当局に見つかった為、北朝鮮へ送り返されたようです。

2~3日、食べるものにありつけないことは、北朝鮮では日常茶飯事でした。

北朝鮮にいた当時、中国は食べることに困らない為、住むにはとても良いところだと聞いていました。

私が12歳になった時、学校に行き始めました。

学校では、金正日総書記について学び、読み書きも学びました。

韓国(南側)はとても貧しい国、アメリカはとても悪い国、ということも学びました。

体育祭の時には、板にアメリカの写真をいくつも貼り付けて、それらをどれだけ蹴り倒せるか、という競技が有りました。

私が小学校に通ったのは合計で4年間でした。

私の母親は、中国に行ったり来たりしていました。

ある時、当局に捕まり、終身刑として牢屋に入れられました。

しかしその後、牢屋から逃げて来ました。

脱北した時について

私の叔母は韓国への脱北に成功し、そこで脱北の手助けをするブローカーに多額のお金を支払い、私の脱北の手助けをしてくれました。

脱北時、私は母親と弟と一緒で、まず北朝鮮から中国に入り、何も無い空っぽの家の中で10日間、じっと隠れていました。

それから車や汽車の荷台に乗せられること100時間、タイに到着しました。

タイでは人生で初めてタクシーを使いもしました。

タイで抑留所に3ヶ月間閉じ込められ、それから韓国に来ました。

韓国に着いてからは、NISという韓国版CIA・FBIのような組織に取り調べを受け、スパイでないことを確認されました。

その後、HANAWONという施設に入れられ、そこから韓国流の思想に適用するよう、3ヶ月間、洗脳教育を受けました。

その後、施設を退所し、晴れて一般市民として韓国で生活が出来ることになりました。

テレビをつけると24時間何かしら番組が放送されていることや、水や電気がいつでも使えることに感動しました。

そして私は中学校に行き、高校にも行きました。

今の生活と将来の夢

今の私の夢は小学校に先生になることで、将来、南北合併した際には、北側の子供達に勉強や夢を持つことの大切さを教えたいと考えています。

北側の人間が見る夢は、食べることだけです。

今の私にとって、アメリカは憧れの国ですので、こうして来られたことをとても嬉しく思います。

今後、将来の南北合併に先駆けて、教員免許を取れるように進学したいと考えています。

C君のお話し

今、とても緊張しています。

でもこうしてアメリカまで来て話しをさせて頂くことに感謝しています。

1994年に金日成が亡くなってから、北朝鮮の状況がおかしくなりました。

私は普通の家庭に生まれ育ちましたが、1994年以降、暮らしが普通でなくなりました。

2003年には、父親が健康を害し、吐血しました。

大工であった父親は、重労働のせいもあり、結核になったのです。

それは北朝鮮では不治の病でした。

北朝鮮では薬が手に入らないので、中国にいる友人を頼りました。

お金を工面する為、土地も売りました。

私の姉は市場で働きました。

その当時、学校は開校されていませんでした。

私は4年間、母親と離れ離れの生活を送りました。

脱北した時について

脱北時、まず母親が中国に行きました。

そこで母親は働き、私達が脱北に必要な為のお金を稼ぎました。

次に姉がモンゴルルートで脱北を試みましたが、捕まってしまいました。

その際、姉は賢かったので、「中国に行く予定であった」と答えたそうです。

もしその時、韓国に行くはずであったと言っていれば、一生牢屋に閉じ込められていたか、殺されていたことでしょう。

中国であれば、罪は比較的軽く、1ヶ月の禁固刑で済みます。

私が脱北した際、北朝鮮の南部に住んでいたので、そこから北部の中国国境まで歩いて行き、そして国境を越えました。

そして中国の港町に行き、船で韓国のインチョン港に到着したのが2008年のことです。

北朝鮮を去ったことは、今でもとても悲しく思います。

状況が何であろうと、自分の母国ですから。

韓国に入ってNISで取り調べを受けていた際、母親と再会することが出来ました。

その時、父親はまだ北朝鮮にいました。

父親が韓国に逃げて来ることが出来たのが2010年のことです。

今の生活と将来の夢

今はサッカーをしたり勉強したりすることがとても楽しいです。

北朝鮮にいた時は、どちらもすることが出来ませんでした。

今の夢は飛行機の整備士になることです。

北朝鮮での生活は悪くありませんでした。

ただ今は、昔よりずっと大きな夢を持てるようになりました。

アメリカの初代大統領のジョージ・ワシントンも幼少期は苦労したと聞いています。

だから自分もきっと、将来は成功出来ると信じています。

いつか自伝を書きたいと思います。

 

参加者からの質問への答え(質問は省略)

韓国に住んでいる北朝鮮からの避難民は、時として韓国国民から差別を受けます。

私が北朝鮮に疑問を持つきっかけとなったのは、韓国ドラマやアメリカの映画を見た時でした。

映っている生活水準がとても豊かだったのです。

家族の誰かが脱北すると、残りの家族も全員、脱北しなければなりません。

なぜなら、残された家族が当局に見つかると、殺されてしまうからです。

従って、家族の誰かが脱北したならば、残された家族は、自分達が脱北するまで、ずっと身を隠して生活していなければいけないのです。

北朝鮮の国外の人とコンタクトを取りたい場合、中国との国境まで行かなければいけません。

そこでようやくブローカーを見つけ、彼らの携帯電話を使わせてもらうことが出来るのです。

韓国やアメリカと並んで、日本も悪い国だと聞かされて育ちました。

大戦時の従軍慰安婦の問題は、非常に不愉快な話しです。

北朝鮮に住む人たちは、韓国の人たちのことを憎んだりはしていません。

脱北者が韓国に来ると、韓国政府から住居と生活費を与えてもらえます。

仕事が有れば、$1500/月。無職の人は$800/月。

よって、ほとんどの人は働かずにお金だけもらおうとします。

これは改善されなければいけません。

南北合併について、北朝鮮の人たちは100%賛成するでしょう。

しかし、韓国の人たちは40%程度しか賛成しないと思います。

現実的に北朝鮮の人たちは、率直な意見を発し、当局に取り押さえられることを恐れています。言論の自由が無いのです。

 

二人の青年の実体験を聞いて、考えさせられたこと

生まれた国は自分で選べないし、母国と他国との歴史も自分一人ではどうにも出来ない。

だけれども、限り有る人生を豊かに生きる為には、自分で進路を決めて前に進んでいかなければならないことがある。

たとえ母国を捨てたとしても。

J君・C君の話を聞いている中で、言葉の端々に、

「北朝鮮での生活は悪くなかった」

「自分は母国である北朝鮮が好きだ」

という思いが感じ取れました。

そりゃあ、そうでしょう。

人間は誰だって、生まれ育った土地や家族・友達が一番大切ですから。

自分は北朝鮮に友達は一人もいませんが、北朝鮮に住む人たちも、自分達と全く変わらない悩みや喜びを抱えながら生きているのだと思います。

人間は皆、同じ。

そして皮肉にも、北朝鮮の為政者たちもまた同じ人間。

今のJ君やC君のように夢や希望を持つこと。

それらこそ、私達を元気付け、勇気付け、前向きになる活力を与えてくれますね。