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内向的なぼくたちへ (その1) :内向的な人は実はたくさんいて、中には内向的であるがゆえに偉業を残した人も多い

はじめに

ぼくは内向的な人間です。必要に応じて外交的に振る舞うこともできますし、気のおけない友達と遊んだり、新しい人と出会ったりすることを楽しみもします。でも、折をみては、一人になり、じっと静かに考えごとをすることが大好きです。思い返せば、この性格は昔からずっと変わりありません。

今の仕事では、ぼくにとって第二言語である英語100%の環境の中で働いています。ぼくの英語は日本人の中では上手な方でしょうが、ネイティブからすれば完全に外国人のもの。この仕事を始める前は、自分で選択したにもかかわらず、ものすごく心配でした。立場も立場なので、言葉のニュアンスなどの細かなところも含めて気をつけないといけないのかと考えると、気が遠くなる思いがしたのです。でも実際に働き始めると、なんとかなっている自分がいます。

ペラペラと自在に言葉を操れるようになったのかというと、そういうわけではありません。同僚と仲良くなるためのとっておきのジョークを見つけることができたかというと、そういうことでもありません。みんなが楽しそうにワイワイ話している時、自分だけ静かに聴いているということがほとんどです。しかし、この内向的な性格が功を奏してか、一人でじっと考えるパワーの活用方法をつかみかけているような気がしています。

最近、素晴らしい本に出会いましたので、今回から、この本と共に、「内向的であること」について考えていきます。

 

“Quiet: The Power of Introverts in a World That Can’t Stop Talking” by Susan Cain

(英語でIntrovertとは、日本語で内向的という意味です。)



内向的な人は実はたくさんいて、中には内向的であるがゆえに偉業を残した人も多い

ぼくたちはいつも外交的であれ、社交的であれ、人当たり良く、上手にプレゼンテーションしよう、などと言われます。職場では、社交的でありつつも、力強い言葉で相手を説得できるような人が成功すると言われています。その中、アメリカでは国民の約3分の1が内向的であるというリサーチ結果が出ています。コミュニケーション大国であるアメリカでこれなのですから、我々の日本や他のアジアの国々では、もっと多くの割合の人たちが内向的であることが容易に想像できます。

もしかしたらこの数の多さにちょっと驚く方もいるかもしれませんが、ぼくのように、「本当は内向的だけど、外交的にも振る舞える」という人たちのせいで事実を見過ごしているのでしょう。それに、本当に内向的な人というのは目立ちませんので、そもそもその人たちに気づかないことだってあるかもしれません。

そして、外交的であることが常に正義であるかのように言われる現代社会ですが、人間社会の歴史に見る偉業において、内向的な人によってもたらされたケースもあることを見逃してはいけません。その偉業とはたとえば、ゴッホによって描かれた「ひまわり」、進化論、コンピューターなど。どれも、社交的であるがゆえに出来上がったものではありません。じっくりと自分自身と向き合い、考え込んだ結果として生まれたものです。他にも、万有引力の法則も、ショパンのノクターンも、ピーターパン物語も、ハリーポッターだって、内向的な人たちが、じっくりじっくりと考え込んだがゆえに出来上がったものです。

このように、世の中には内向的な人は数多くいて、そういった人の中から偉業を残す人たちも多くおり、必ずしも外交的であることだけが常に正しいというわけではないのです。

 

内向的な人とは、こんな人

内向的な人とは、仕事においては、マルチタスクを得意とせず、一つのことにじっくり取り組み、自分の成果をひけらかすようなことも好みません。会議やパーティーの場で社交的に振る舞うことができますが、小一時間もすれば心の中で、「ああ、早く帰りたいなぁ。。」と考え始めます。家族をはじめ、本当に近しい友人や同僚とのみ一緒に時間を過ごすことを好みます。自分で話すよりも、もっぱら聞き役に徹することがほとんどです。言い合いや衝突を避ける傾向にあり、社交的なスモールトークも得意としませんが、一つのことについてじっくりと深く話し合うことは好きです。

ああ、すごく共感します!



「外交的であることが正しい」と考えられるようになった経緯

とても面白い考察なのですが、「外交的であることが正しい」と考えられはじめるようになったのは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのことと、著者は考えます。18世紀半ばからはじまった産業革命によって、ビジネスというものが効率を求めて集約化され、大規模化されます。これによって、それまでは農村や郊外などの思い思いの場所に住んでいた人たちが、一斉に大都市に移り住むようになったのです。アメリカにおいて、1790年には3%、1840年になってもまだ8%の人口しか都市に住んでいなかったのに対し、1920年にもなると、都市部の人口がなんと30%以上に急増します。すると、これまでの郊外における伝統的・家族的なご近所づきあいから、都市部での新参者同士での生活が主流となっていったのです。

よく言われるように、知らない人同士でのコミュニケーションにおいては第一印象が肝心であることなどから、ぼくたちは産業革命によってもたらされた新しい製品・サービスを売るという行為をはじめただけでなく、「自分を売る」ということもはじめることとなったのです。つまり、都市部において知らない人同士が隣り合わせで暮らしたり、同じ職場で働いたりするようになったことによって、「外交的であるというスキル」が必要になっていったのです。

実際に、1920年までのアメリカでは、「勤勉、名誉、モラル、マナー、倫理といったことを身につけるためには」というたぐいの本ばかりが売れていたにもかかわらず、1920年以降にそれが一変します。ベストセラーとなる本の内容が、「魅力的になるには、影響力を与えるには、エネルギッシュになるには」などというようなマニュアルを説くものに変わり、「内向的であることは矯正されるべきだ」という考えが広まるようになったのです。まさに、現代を生きるぼくたちが書店でよく目にするのも、1920年代以降の内容のものばかりですね。

他にも、1955年にはアメリカのCater-Wallaceという製薬会社からMiltownという、外交的になるための精神安定剤が発売され大ヒットになりました。あとに続けと同様の効能を持つ、EquanilやSerentilなどといった薬も開発され、製薬業界の売り上げに貢献しました。多くのアメリカ人が社交的になりたくて、飛びついたのです。

1937年にはデール・カーネギーが「人を動かす:How to Win Friends and Influence People」というマニュアル本を出版し、世界中で大ベストセラーとなりました。今でも売れていますので、読んだ方も多いのではないでしょうか。かくいうぼくだって、読みました。

でも、その本の中身を読むと、「相手にしてほしいことを喜んでしてもらうには:Making People Glad to Do」や「すぐに相手に自分を好きになってもらうには:How to Make People Like You Instantly」などといったアドバイスが書かれています。

まあ実際、良さそうなことが書かれています。でもどこか、本当に大切なことが抜け落ちているような気がするのは、内向的なぼくたちの気のせいでしょうか?

続きは次回。