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ケンペルの見た日本 (その1) :日本・世界が始まった場所は、淡路島!?

ひさしぶりに、ワクワクする本を見つけてしまいました!この本を読み終わるまで、しばらくは他のことが手につかなさそうで、ちょっと危険です。夜更かししないよう、少しずつ読んでいきます。

その本のタイトルは、「Kaempfer’s Japan: Tokugawa Culture Observed」です。これ、Kaempfer (ケンペル) というドイツ人が1691年から1692年までの2年間に渡って日本に滞在したときの記録で、なんとなんと、時の将軍、徳川綱吉に謁見したときのことも詳細に書かれているのです。英語タイトルを日本語に訳すと、「ケンペルが見た日本:徳川幕府時代の文化について」という感じです。

本の表紙は、徳川綱吉の前でダンスを披露するケンペルの絵

ご存知のとおり、当時の徳川幕府は鎖国令をしいていました。つまり、基本的に外国人は日本に立ち入ることが出来ません。オランダと中国だけは長崎の出島を通じた出入りを許されていましたが、日本国内を自由に旅行できるわけではありませんし、どこに行くにも監視の目がついて回りました。定期的に将軍に会うことが許されていたようですが、その様子を記録することは固く禁じられていたのです。

その中、このケンペルというドイツ人は、インドで出会ったオランダの一行に加わる幸運に恵まれ日本に入国し、人一倍の好奇心から、道中の様子をしっかり記録して持ち帰りました。その記録の何がおもしろいって、「外国人の目から見た日本」がこと細かく描写されていることです。日本人による江戸時代の文献はいくらでも残っていますが、自分のことって自分では案外よく見えないもの。外から見てはじめて、その不思議さに気づくことってありますよね。そういう意味でもこの本は、日本史的に見て、とっても貴重な文献でありもするのです。

そしてこの本、1727年にイギリスで出版されるのですが、大ヒットになります。「閉ざされた国、日本とは、どんなところだ!?」と、多くの人が興味津々で読み漁ったわけです。あのペリーだって、日本に来る前にはこの本を読んで日本の文化風習を学んだと言われており、出版から200年以上にわたって、「日本を知りたければ、この1冊!」的なバイブルであったわけです。

現代を生きるぼくにとっても、当時の文化風習を学ぶことは、自分の祖先やルーツを知ることにつながるため、それがとてもおもしろいです。

 

たとえばこの地図はケンペルが書いたものではないですが、当時、長崎の出島から入国して、京の都や将軍の鎮座する江戸に向かうまで、「上っていく」イメージです。こういうことからも、なぜ「上京」という言葉が使われるようになったかが、想像つきます。



日本という国について

ケンペル「当時のヨーロッパでは、ジャパンと呼ばれていたが、現地の人々は自分たちの国をニッポンとかニホンと呼んでいる。」

「書き言葉になると、テンカ (天下) という呼び方が使われている。テンカとは、国を意味し、その支配者は、テンカサマ (天下様) と呼ばれている。他の国が敬意をもって呼ばれる時、中国はトウジンサマ (唐人様) 、オランダはオランダサマ (オランダ様) というように呼ばれている。」

「日本で4番目に大きい島は、淡路島と呼ばれており、そこでこの国、そしてこの世界が始まったと信じられている。他の世界のことは、何にも知らないようだ。」

「日本は他にも、シンコク (神国) とかヤマト (大和) 、ホンチョウ (本朝) などとも呼ばれている。」

続きは次回。