内向的なぼくたちへ (その2) :世の中には、内向的な人が外交的になれるよう、セミナーや教育で溢れている。
前回まとめ
前回に書いたように、アメリカでは1920年あたりから急激に都市部に人口が流入し、「お隣さんは知らない人」という生活がはじまります。日本をはじめ、他の国々でも同じように大都市集中が起き、新参者同士での暮らしや職場生活が始まるのです。そうするとどうなるかというと、第一印象をよくするためには、どうしたら初対面の人と仲良くなれるか、ということが重要な関心事になってくるのです。つまり、「どうにかして外交的になりましょう」と考えるようになり、外交的で社交的であることが、ビジネスでの成功にもつながるとさえ受け止められるようになっていきます。
外交的になるためのセミナー
超ロングセラー「人を動かす」を書いたデール・カーネギーがセミナーをして世界中を周ったのと同じように、現代にもセミナー講師たちがゴマンといます。中でももっとも有名な一人に、トニー・ロビンズという人がいます。ライフコーチという肩書きを持ち、世界中を飛び回っているのですが、この人の講演はまるでロックスターのライブコンサートのようです。通常、週末にかけて行われるもので、参加費用は一般席で795ドル (約9万円) 、前列のVIP席で1195ドル (約13万円) します。ライブイベントのタイトルはその名も、UPW。Unleash your Power Withinの略で、「内なるパワーを解き放て!」という意味です。イベントのみならず、個別のコーチも行っていますし、外交的になるための教材やグッズも多く販売しています。(参照:https://www.tonyrobbins.com/)
観てください、このパワーを!このイベントに参加して、みんなで声を出して飛び跳ねて踊って抱き合うことで、内からパワーが湧き出し、元気に外交的になれるのです。トニーは見た目もいいし、笑顔が人懐こいし、さわやかなエネルギーを感じるし、とても好感が持てます。そして本人も、自分の仕事の素晴らしさを心の底から信じ、それをできるだけ多くの人たちと分かち合いたいと強く願っているのでしょう。
イベント映像 (その1):https://www.youtube.com/watch?v=Y_kJfCGIrlo
イベント映像 (その2):https://www.youtube.com/watch?v=m5DXpNDOHgs
TED動画:https://www.ted.com/talks/tony_robbins_asks_why_we_do_what_we_do?language=en
アメリカのビジネススクールで教わる成功の条件
ぼくが通ったビジネススクールでは、誠実であることや地域社会に貢献することの大切さを徹底的に叩き込まれるという、とてもユニークな文化をもった教育を施すところでした。しかし、社交性の面で期待されることはというと、やはり例外なく、「前に出ましょう。自分の意見を言いましょう。積極的に話しかけましょう。ネットワークを広げましょう。」というアドバイスをしきりに受けるのです。笑顔の作り方にはじまり、握手の仕方やスモールトーク・雑談の方法だって、親身になって教えてもらいました。偶然、ビジネス取引のキーパーソンにエレベーター内で会った時のことを想定し、20~30秒ほどで自分を売り込むという、文字通りのエレベーターピッチだって練習して身につけました。この現代社会のビジネススキームで、最初の一歩を踏み出すにはどうしても避けて通れないスキルなのです。
この本の著者も、その実情を学ぶために、世界最強MBAの呼び声高い、ハーバードビジネススクールに行って学生をインタビューした経緯を紹介しています。校内で学生に声をかけ、「この学校に内向的な人はいますか?」と聞いたのです。すると、「ここには内向的な学生なんて一人もいないよ。外交的で社交的じゃないと、良い成績を取れないどころか、将来も目が無いと見なされて誰からも相手にしてもらえない。」と教えてもらうのです。ビジネススクールでは一般的に、授業中に発言をしないと点数が付かないことと、外交的で社交的でないと、卒業後の就職先が見つかりにくいことが、この言葉の背景にあります。
ビジネススクールで施される教育とは、不確実且つ変化し続けるこの世の中で、不完全な情報しか手に入らないにもかかわらず、自信を持って決断を繰り返し、組織や社会を導いていけるようなリーダーを育てることです。初めてのシチュエーションに戸惑って自信が無いように振舞ってはいけないですし、完全な情報が集まるまで決断を先延ばしにするなんてことも許されません。そんなことをしていたら、組織も社会も不安を感じ、バラバラになってしまうからです。だからこそ、社交性や外交的であることが重要な成功の条件の一つとして見なされるのです。
この学生との会話の後、著者が他の学生に話しかけると、実はものすごく内向的で、いつもやるせない気持ちを抱いていることを打ち明けてくれます。本当は内向的であっても、そこでは内向的であることが許されないような雰囲気が漂っているのです。ぼくが通った学校でも、内向的な学生はぼくを含めてたくさんいましたが、皆が外交的になるように努力をすることが当然という雰囲気がありました。
外交的でなくてもビジネスで成功している人はいる
経営学の大家、ピーター・ドラッカーが言っています。
「これまで会ってきた、大成功しているビジネスリーダーには、内向的で部屋にこもりきりの人もいれば、いつも外交的に歩き回っている人もいた。いつもきびきびと活発に行動している人もいれば、決断にどうしようもなく時間がかかっている人もいた。つまり、内向的であることも、外交的であることも、ビジネスでの成功には関係ないということだ。一つだけ共通していたことは、誰もカリスマなんてものを備えていなかったことだけだ。」
ビジネスコンサルタントで、「ビジョナリーカンパニー」など多くのベストセラーを出版している、ジム・コリンズだって、名著「Good to Great」の中で書いています。「一番成功しているリーダーは、深い謙遜の心と強い意志とをあわせ持っている。」と。外交的で社交的かどうかよりも、謙遜や意志といった資質が重要であるということ。
外交的であることも、内向的であることも、どちらも価値がある
では、内向的であることが常に正しいかというと、そういうわけでもありません。ビジネススクールが教えるように、外向的で社交的であることは、様々な面で非常に重要です。ネットワーキングの場で効果的に良い関係構築をするためには必ず必要な要素ですし、内向的な人ばかりの職場にも、力強いリーダーシップを取ることのできる外交的な人がいると、とても助かるのです。
しかし反対に、職場で外交的な人ばかりであった場合、どうなるでしょうか。そういう時はやはり、内向的な人がいると物事がスムーズに運びます。内向的な人は、相手の話を聞くことに長けていますし、会議中に話の主役になろうと無理することもありません。他の人の意見や考えをしっかり聞いて、熟考の上で決断をすることができるのです。
まとめ
ぼくも昔から、外交的で社交的になることが成功の秘訣だと信じ、練習を繰り返してきました。極めつけはビジネススクールでの訓練。2年間にわたって自分を追い込んでいたので、「外交的らしく振舞うスキル」はかなり身につきました。本著にも書かれていますが、ビジネススクールには「ソーシャル・Social」というイベントが頻繁にあります。それは、学生間でネットワーキングを深めたり、社交性を身につけたりするために、飲みに行ったり遊びに行ったりするというものです。ぼくも寝る間を惜しみ、英語の練習、そして社交性を訓練するために頻繁に参加しました。1年生の時に、2年生の先輩に「ソーシャルがちょっと苦手だ」と正直に相談すると、「すぐに慣れるから、あたかも慣れているかのように振る舞い、すべてに参加するべし!」と、かなりマッチョなアドバイスをもらったものでした。
実は、トニー・ロビンズのUPFイベントには、他にも話があって、イベント参加者に限り、「トニーと一緒にバケーションを過ごせる権利」を購入することができるそうです。約500万円の年間パスなんてものを買う人だっているそう。
今回、トニー・ロビンズの動画を見て、ぼくは思いました。
これだけ多くの内向的な人たちがいるのかと。これだけ多くの内向的な人たちが、なんとかして外交的になろうともがいているのかと。
それだけ現代社会は、内向的な人にプレッシャーを与えているんですね。動画の中に、「私は自分に自信が持てず、社交的になれなくて」と泣き出す参加者がいますが、ふと考えてしまいました。
悪いことをしているわけでもなく、ただ外交的・社交的でないだけでここまで苦しみ、本来の個性や強みを見失っているのではないか、と。
続きは次回。